みんなの活動:これまでの活動報告

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第3回商品委員会が開催されました

組合員も参加し、新しく東都生協で取り扱う商品を確認!

2016.09.14

事前に届くガイドを読み出席し、1品ずつチェックします

事前に届くガイドを読み出席し、1品ずつチェックします

うさちゃんビスケ・のりものクッキー・くまちゃんビスケ

うさちゃんビスケ・のりものクッキー・くまちゃんビスケ

実際に商品を手に取り確認します

実際に商品を手に取り確認します

商品委員会は、9つの地域から選出された組合員と組合員理事、商品部と安全・品質管理部の部長が構成メンバー。
毎月、新しく取り扱う商品を確認し、商品活動全体を取りまとめます。商品事業が基本方針などに沿っているかの評価・提言や、新商品おしゃべり会や商品モニターの評価結果など商品関連の活動報告、組合員の声の紹介、アレルギーに関する学習会などの企画も話し合います。また、委員は各地域の連絡会で新商品説明を行い、地域の声を商品事業につなげています。

  今月は、9月の新登場商品194品、地域振興商品1品、催事商品4品の合計199品を確認。商品基準に合うか、組合員のニーズに合うか、説明・表示が分かりやすいかなどをチェック。その後担当職員との質疑応答を行いました。
一部をご紹介すると、アレルギー対応商品の菓子3シリーズは、有機野菜を原料に用いた甘さ控えめのやさしい味で、しっかりかめる硬さもあることを確認。人気商品の「栗ご飯の素」は、昨年国産栗が不作だったため、韓国産栗の原料が提案されました(新物の国産栗が出回れば切り替える予定)。
「『生姜蜂蜜』は蜂蜜含有量が低いのにこの商品名で良いのか」との質問には、「『蜂蜜加工品』なので問題はないが商品案内を工夫する」と回答がありました。9月の利用促進商品選定では2品を試食し、「いわしの生姜煮」に決定。冷凍品ですが自然解凍でも食べられ、各地域の連絡会で試食・学習してもらい、利用普及を進めていきます。

  委員からは、東都生協としてふさわしい商品提案をしてほしいとの要望も。東都生協の商品や活動をより良くしたいと積極的で活発な論議が行われました。

リサイクル洗びんセンターを支える会

2016年度総会を開催しました。

2016.09.08

2016年度総会

2016年度総会

リユースびんのフタ取り

リユースびんのフタ取り

商品案内セット作業

商品案内セット作業

2016年8月31日(水)、リサイクル洗びんセンターを支える会2016年度(第21回)総会が開催され、全議案が可決されました。

リサイクル洗びんセンターを支える会は、会費収入からリサイクル洗びんセンターを中心とした法人事業所の生産設備や設備投資など働く環境を改善するための資金支援をしています。会員からの会費収入の使途や、次年度の活動計画は、毎年の総会で決定しています。

2016年度(第21回)総会には、リサイクル洗びんセンター(4人)、東都生協共生会役員(2人)、東都生協役職員(4人)が出席しました。

事務局より、2015年度活動報告、2015年度会計報告、2016年度活動計画が提案され、全議案が可決決定しました。意見交換では、リサイクル洗びんセンターで働いている利用者の方からの報告や多くの組合員にリサイクル洗びんセンターの取り組みを広めていく取り組みなどについて話し合いました。

総会終了後は、リユースびんを洗浄する作業工程や、商品案内セット作業を見学し、リサイクル洗びんセンターの事業活動について理解を深めました。

2016.08.31

東都生協(庭野理事長と阿部市長)_20160825多摩市小滝さんより.JPG

阿部市長(左)と庭野理事長(右)

代表者_20160825多摩市小滝さんより.JPG

協定を締結した6事業者の代表

2016年8月24日、多摩市役所にて多摩市地域見守り活動協定締結式が行われ、多摩市と「協力事業者による多摩市地域見守り活動に関する協定」を締結しました。

協定締結式には、東都生協を含む5生協、1事業者(*)が出席し、阿部裕行市長の「顔の見えるつながりをもつ協力事業者による支援は大変ありがたく、この協定締結によりこれからも相互に協力し合いがんばりましょう。」というお話のあと、事業者の代表一人ひとりがあいさつを行い、それぞれ協定書を取り交わしました。

この協定の締結に伴い、東都生協では、地域の配達を担当する職員が業務中に組合員や地域住民の異変に気付いた場合、事前に取り決めた連絡先に速やかに連絡することで地域住民の安全を守るという見守り活動に取り組みます。

東都生協は引き続き、行政や地域生協・医療生協をはじめ地域の事業者・団体と協力し、誰もが安心して住み続けられるまちづくり活動に積極的に取り組みます。

*今回協定を締結した協力事業者一覧(順不同)
生活協同組合コープみらい
自然派くらぶ生活協同組合
多摩南生活クラブ生活協同組合
東都生活協同組合
生活協同組合パルシステム
布亀株式会社

2016ピースアクションinヒロシマ報告

71年前のきのこ雲の下での出来事や高齢化が進む被爆者の想いを学びました

2016.08.25

平和の折鶴を手向ける

平和の折鶴を手向ける

碑めぐりの様子

碑めぐりの様子

参加者

参加者

日本生活協同組合連合会主催の「2016ピースアクションinヒロシマ」(8月4日~6日)に今年も参加しました。東都生協からは親子1組を含む6名で参加しました。 1日目は広島到着後、元中国新聞社の記者で入市被爆をした浅野温生(あさの よしお)さんの講演をお聴きしました。浅野さんは原爆投下翌日に広島市内中心部に入りました。その際、市内の惨状を目撃しました。入市被爆者でもある浅野さんはご自身の体験と新聞記者として多くの被爆者を取材し得た、その苦悩についてお話をされました。

2日目は、碑めぐり平和公園内の主な遺構や慰霊碑などをボランティアガイドの方の説明を聞きながら見学を行しました。
午後は日本生協連主催の「虹のひろば」に参加しました。全国から61生協1,200人の組合員とその家族、職員が集まりました。
広島の松井市長のあいさつでは「核兵器も戦争もない平和な世界の実現のために、一緒に考え、行動しよう」との話がありました。

3日目は広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参加しました。黙祷を捧げ、組合員が平和の願いを込めて折った千羽鶴を手向けました。
参加者からは、広島の現地に来て原爆の遺構や慰霊碑を見学して、原爆の恐ろしさを実感しました。「平和の維持」は絶対に必要だと思いました。との感想がありました。

最後に被爆者の証言の一部を紹介します。

※爆弾を落とした相手にたいして憎しみが残っているとなかなか証言はできない。未来の皆さんに伝えたいことは「あんな思いもうたくさん」ただこれだけ。

※むごたらしい亡骸が散乱するなか必死で逃げました。あちこちから助けを求められましたが、見殺しにしました。水もあげませんでした。助けられなかった後悔が、ずっと抜けない棘のように心に刺さったままです。

※いまでも腕を高く上げるとやけどの跡が引きつって出血してしまう。癌の手術の傷跡だらけの身体です。

※私たちが求めるのは核廃絶です。根気強くNPT再検討会議に働きかけます。

世田谷区を訪問し、保坂区長と懇談しました。

2016年8月22日(月)、世田谷区役所3階の区長室にて、保坂区長との懇談を行いました。

2016.08.23
東都生協からは、庭野理事長をはじめ世田谷区在住の組合員理事と高齢者見守り活動を日々の業務で行っている職員など8人が参加し、保坂展人世田谷区長・瓜生律子高齢福祉部長・霜村亮区長室長と「高齢者の見守り」をテーマに懇談しました。
はじめに、東都生協の概要や取り組みについて説明し、実際に業務中に直面した見守り活動の事例の報告を行いました。世田谷区からは、今年の7月1日から区内27地区に設置した、さまざまな相談の受け付けや参加と協働による地域づくりをすすめる「福祉の相談窓口」の報告がありました。更に介護者・高齢者・介護事業者などを対象に区の高齢者福祉・介護サービスや介護施設の情報をお届けしたり、健康チェックができるスマートフォン・タブレット用「せたがや高齢・介護応援アプリ」などの便利な窓口や、アプリを知らない区民もたくさんいるのでもっと区民に知らせていきたいことや、自然体の見守りが必要であることなどのお話がありました。
限られた時間での懇談でしたが、自治体と連携して東都生協が地域社会に役立つためのヒントを得られた有意義な意見交換ができました。
これからも東都生協は「安心してくらせる地域づくり」に貢献するために自治体との交流を積極的に行っていきます。

左中央が保坂区長懇談時の様子①.jpg 右中央が庭野理事長懇談時の様子②.jpg

世田谷区長訪問集合写真(参加者全員).jpg

世田谷区長訪問集合写真(参加者全員)

被災産地・メーカー交流訪問&被災地視察企画

被災地の今を知り、これからを考える

2016.08.22

7月22日と23日の1泊2日の日程で、被災産地・メーカー交流訪問&被災地視察企画を実施し、子ども5人を含む11家族20人の参加がありました。

東都生協では、継続的に東日本大震災で被災された方々、そして取引先産地・メーカーを支援する募金活動に取り組んでいます。本企画は、東日本大震災への支援募金を活用した企画です。

月日の経過とともに東日本震災関連の報道も減少していますが、震災を風化させないためにも、被災地を視察し、被災メーカーを訪問して交流し、当時の状況と復興の過程、これからについて、現地で実際に見聞し確かめることを目的に、岩手県の(有)本多商店、宮城県の(株)高橋徳治商店と(株)ささ圭の3メーカーの交流訪問と、被災地の視察を行いました。


画像キャプション①-2

津波で大きな被害を受けたサン・アンドレス
公園にてガイドの方の説明を聞く

画像キャプション②-2

本多商店の本多サト子さんが震災の絵本の
読み聞かせをしてくださいました

初日は、一ノ関駅に到着後、バスで大船渡市へ移動。昼食後、碁石海岸で美しい海を見学。津波があったとは信じがたいほど穏やかな海でした。
そして、現地ガイドにバスに同乗していただき、大船渡市内の被災地視察。サン・アンドレス公園、大船渡市場、賀茂神社などを回り、当時の状況と復興の過程をお聞きしました。
その後、(有)本多商店に到着し、工場見学。写真などの資料を基に当時の状況をお伺いしました。津波で工場を失っても、わかめを早く出荷できるよう努力されたこと、丁寧にわかめを製造していることなどがよく分かりました。

(有)本多商店の皆さんとの夕食交流会では、三陸海岸のおいしいお料理をいただき、心のこもった温かいおもてなしをいただきました。


画像キャプション③-2

本多商店の皆さんとの夕食交流会を終えて

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高橋徳治商店で笹かまぼこの新工場を見学

翌日は、朝早くバスで出発。途中「奇跡の一本松」などを車中より見学しながら移動。津波の威力の大きさと被害の甚大さを実感しました。
(株)高橋徳治商店に到着し、工場見学。被災後、山の方に工場を再建し材料にこだわった笹かまぼこを製造されていることがよく分かりました。震災時のお話では、たくさんの映像を見ながらお話をお聞きしました。生々しいけれども事実であることに胸を塞がれましたが、前向きな姿勢に救われる思いがしました。昼食交流でもいろいろなお話を交わし、交流することができました。
次に(株)ささ圭の手造りかまぼこ工房へ。かまぼこ工房では、炭火手焼き笹かま体験・試食とお買い物をし、メーカー紹介と被災時のお話をお聞きしました。当時の新聞記事や写真を見ながら、震災で残ったお店ですぐに再開されたことなどのお話に、励まされる思いがしました。その後、(株)ささ圭本社工場にて工場見学。丁寧に笹かまぼこを製造していることがよく分かりました。
そして仙台駅に向けて出発。仙台駅より帰路につきました。

画像キャプション最後-2

高橋徳治商店の高橋英雄さんのお話

画像キャプション③-2

ささ圭の佐々木圭亮さん靖子さんご夫妻のお話

画像キャプション⑥-2

ささ圭の手造りかまぼこ工房にて
炭火手焼き笹かま体験と試食

被災地の方々の思いや様々なことを乗り越えての考えに触れることができ、多くのことを得ることができた2日間でした。一人ひとりがあらためて自分たちにできることを考え行動することにつなげていかなければと思いました。

参加者からは、
「東京にいると分からないことを知ることができ、いろいろと勉強になりました。」
「言葉に言い表せないほどの苦しみ悲しみを経て、それでも今があり前向きに生きていかなければと頑張っている姿に感動しました。」
「未だに仮設住宅が建ち並んでいて、復興はまだまだ途上であると感じました。」
「これからも自分に協力できることはしていきたいです。」
「笑顔の裏につらいものを抱えているその重さを知りました。」
「この企画に参加できて良かったです。被災したメーカーの皆さんの明るさが心に染みました。」
「これから何ができるか考えていきます。まずは伝えていきたいと思います。」
などの感想がありました。  

すいかの学校 報告

すいかの畑に、わらを敷くのは何のため?

2016.07.28

(農)茨城県西産直センターすいかの苗植えから収穫まで、普段なかなか体験できない果物の連続3回の農作業体験企画として、今年も「すいかの学校」が開催されました。この企画は毎年人気が高く、今年も定員40人を超える47人の応募があり、抽選の結果、16家族40人(おとな23人、小学生11人、小学生未満6人)の参加となりました。

小玉すいか「スマートボール」の苗はユウガオに接木し、「マダーボール」(ラグビーボール型の小玉すいか)は「実生(みしょう)」といって、小玉すいか本来の味により近づけるために接木しません。接木の目的は、苗を丈夫にし、病気に強くし、成りも良くするためです。

生産者の安達一夫さんには、私たちの休験に合わせ、1カ月以上も前から接木や、米ぬかやぼかし肥料を使った土づくりなど、すいか作りの準備をしていただきました。

第1回 4月3日 曇り
すいか作りをするハウスは、苗の種類ごとに2棟別々。マルチ(※1)を張り、植え付けるところに穴を開け、マダーボールとスマートボールの苗をそれぞれ植え付けていきます。まず、苗をぬるま湯につけて湿らせてから、マルチの穴に植え付けます。それぞれ自分の植えたところに"大きくなあれ"との願いを込めて、名前を書きました。 最後にマルチを張っていないところに稲わらを敷きつめました。

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すいかの苗植え、大きくなるかな

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すいかの雌花に雄花の花粉を付け交配する
「花合わせ」はとても貴重な体験

第2回 5月29日 晴れ
すいかには、雄花の雌花があり、今回は特別にその交配作業(花合わせ)を体験。交配作業を終えた雌花に、受粉日の目印になる赤い毛糸を取り付けました。その後、ハウスとハウスの間に肥料「米の精」をまき、すいかのベッドとなるわらを敷きます。
「米の精」は東都生協で扱う「金芽米」(BG無洗米)の精米工程でできる肌ヌカを加工した有機質資材。同産地では、今までとぎ汁として捨てられていた成分を肥料として有効活用する循環型農業を実践しています。

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受粉日を示す毛糸を付ける

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ハウスの間にわらを敷く。生長したすいかは弦を
ハウスの外まで伸ばす

第3回 6月26日 快晴
安達さんからすいかの生育状況の説明を受けました。スマートボールは交配の後、うどんこ病にかかりましたが、マダーボールの方は青々していました。収穫前に、2種類のすいかの味比べをするため試食しました。交配してから33~34日たつとおいしいすいかに育ちます。今回は、大きいすいかの方が甘かったようです。

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生産者の安達一夫さん

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自分で育てたすいかは特別

【参加者の声】 ・わたしが、一ばんたのしかったのは、なえをうえることと、しゅうかくすることです。どうしてなえをうえることが楽しかったかというと、「すいかがどれだけ大きくそだっていくんだろう?」と、はやくすいかのおおきさがしりたかったからです。
・安達さんの月と植物についてのお話(※2)も、自然界の摂理なのか、それともロマンチックなお話なのか? でも私は信じたい。

※1 マルチ:畑のうねをビニールやポリエチレンなどのフィルムで覆うこと。英語の「マルチング」の略。目的は、①保温による生育促進 ②病害虫の発生防止・反射フィルムによるアブラムシ飛来防止 ③雑草防止-などの効果があります。

※2 安達さんのお話:植物の樹液は、満月に向かうときに下から上に流れ、新月に向かうときに上から下に流れるとする農法。この理論では、植え替えや接ぎ木や剪定は、新月に向かう時期が良いとされます。第1回目の4月3日は、新月の4月7日に向かう日に設定されました。

熊本地震支援活動のご報告

組合員から寄せられた熊本地震緊急募金を活用した支援活動を進めています

2016.07.27

被災者からの要請の電話受付をした事務所

被災者からの要請の電話受付をした事務所

倒壊した観音堂撤去に2tトラック2台で2日<br>を要した(東都生協が要請を受けた案件)

倒壊した観音堂撤去に2tトラック2台で2日
を要した(東都生協が要請を受けた案件)

トレーラーハウス

トレーラーハウス

被害の大きかった益城町宮園地区

被害の大きかった益城町宮園地区

被害の大きかった益城町宮園地区

被害の大きかった益城町宮園地区

一日も早い復興を願う

一日も早い復興を願う

日本生活協同組合連合会の要請に応え、7月20日~25日東都生協の職員2人が、熊本震災の支援活動に入りました。
支援に参加した職員の活動や被災地の状況をお伝えします。

支援の概要
4つの生協から8人(生協ひろしま4人、ならコープ1人、いわて生協1人、東都生協2人)の参加があり、熊本県益城町の災害ボランティアセンターが活動拠点となりました。

活動内容としては、生協からの参加者8人は、4人が西原村(益城町の東部に隣接)の災害ボランティアセンターでの引越し手伝い、2人が益城町の災害ボランティアセンターでの引越し手伝い、1人が資材係(ボランティアが現場に向かう際にスコップや一輪車などの道具を提供する)、1人(東都生協職員)は、ニーズ係(被災者から仮設住宅への引越しや敷地内、家屋の震災ごみの搬出や運搬などの依頼を受ける)で、役割は変更なく、1日目から最終日まで同じ担当でした。

ニーズ係は、4~5人の体制で、携帯電話3台により被災者からの入電に対応しました。
電話の受付時間は、午前9時~午後4時ですが、朝礼が午前7時30分から行われ、朝礼終了後は、保留物件に対しこちらから電話を入れたり、近隣の現地調査などを実施しました。
また被災者からの要請は、電話だけではなく、直接災害ボランティアセンターに来所されて、要請を聞き取る業務もありました。

要請は、1日当たり20件程度ですが、1件の電話で状況をお聞きするのに20分程度かかり、さらに現場の地図をプリントアウトし添付し、作業に必要な資材や人員数を聞き取った内容から判断して記載しなければならないかなりハードルの高い役割でした。
また電話だけでは判断できない案件は、車両で現地調査し、写真を撮ってきて皆と相談して判断する場面もありました。
かかってくる電話の大半は、70歳以上の高齢の方で、方言がきつく聞き取りづらい点も多々あり、何度も聞き返したりしながらの対応となりました。

 

益城町の状態

面積65キロ平方メートル(東京の世田谷区より一回り大きい)人口3.4万人で、熊本市ベッドタウンの性格も持つ、熊本市の東側に隣接する益城町。支援活動の合間に益城町社協職員の案内の下、まだ多くの避難者が避難している益城町総合体育館や、妊婦や障害者などが身を寄せている熊本グランメッセにある福祉避難所(グランメッセ自体は、屋内が崩落し、敷地にトレーラーハウスを設置し、そこに居住)などを視察させていただきました。

益城町役場の南側(木山川沿い)が、特に被害が甚大で、築年数が比較的浅いと思われる家屋も傾いたり、完全に倒壊している家が目立ちました。ほとんどの家の玄関ドアには、赤紙(危険立ち入り禁止)が張られ、いつ崩れてもおかしくない状態でした。

避難所(総合体育館)には、まだ多くの住民が避難していましたが、カーテンで区画整理がなされていて、空調設備(仮設の空調設備を設置)も十分で区画内は、ダンボールのベッドが2つ置かれていました。

住環境は、阪神淡路大震災の際のものよりは、比較できないほど良くなっているようですが、食事は、毎食揚げ物などが多く、ご高齢の方などは食事が原因で体調を崩すようなこともあるようです。

今回の支援活動には、組合員の皆さまからお預かりした熊本地震緊急募金を活用させていただきました。
被災地では、まだ多くの方が避難生活を送られています。東都生協では引き続き、熊本地震被災地の支援活動に取り組んでまいります。

最後に! 負けんばい 熊本

つなげよう 子どもたちの笑顔 ~13回 東都生協 平和のつどい~を開催しました

迫力の堀絢子さんの反戦ひとり芝居に、観客は引き込まれた!

2016.07.26

開会挨拶をする庭野理事長

開会挨拶をする庭野理事長

理事長が開会挨拶で紹介した書籍

理事長が開会挨拶で紹介した書籍

原爆雲の記憶をリアルに語る東條明子さん

原爆雲の記憶をリアルに語る東條明子さん

東友会の皆さんへ膝掛けを贈呈

東友会の皆さんへ膝掛けを贈呈

堀絢子さんの一人芝居「朝ちゃん」

堀絢子さんの一人芝居「朝ちゃん」

迫力の舞台に引き込まれる

迫力の舞台に引き込まれる

発表した「とーと会」ブルーヘブンの展示

発表した「とーと会」ブルーヘブンの展示

親子で展示を見ながら子どもに平和を語りかける

親子で展示を見ながら子どもに平和を語りかける

7月23日、練馬区立区民・産業プラザCoconeri(ココネリ)ホールにて「つなげよう 子どもたちの笑顔~第13回東都生協平和のつどい~」を開催し、106人の参加がありました。子どもたちの笑顔をこの先も絶やさないために平和について考え、大切さを伝えしました。




冒頭、庭野吉也理事長からの開会あいさつでは、戦争体験を伝えていく方が少なくなり、安全保障関連法の成立や憲法改正に向けた動きがある中、あらためて平和の問題について考えることの重要性を呼び掛けました。また、なぜ生協が戦争に反対し、平和の活動に取り組むのか、東都生協発行「生協の歴史から戦争と平和を学ぶ」齋藤嘉璋氏著書に触れ、「多くの組合員が考えていくきっかけに」と訴えました。



一般社団法人東友会の東條明子さんより被爆証言がありました。東京で生まれ、東京大空襲を体験し、疎開先の広島で被爆した東條さん。子どもの目線で語られる当時の様子や、原爆症で苦しむ中で仏門に入られたとのお話に、来場者は食い入るように聞きました。

モチーフ編みを膝掛け作りに取り組むとーと会「ピースニットカフェ」からは、東友会の皆さんにへ膝掛けの贈呈をしました。東友会の家島さんから「毎年年末に贈られる膝掛けを心待ちにしている」との感謝の言葉をいただき、若い被爆者はいなくなり、東都生協のたくさんの若い後継者と平和活動を一緒に伝えていきたいとお話がありました。
ピースニットカフェの大河内さんからは、「組合員の皆さんから自宅で使わない毛糸を寄付していただき、モチーフを編み、つなげて膝掛けにして作ってお送りしている」と、膝掛けに込められた組合員の思いもお届けしていることを伝えました。

平和をテーマにしたとーと会「ブルーヘブン」は、パワーポイントを使いながら、原発事故での放射線汚染による子どもたの現状と「福島の子ども保養プロジェクト:杉並」について発表しました。

休憩をはさみ、山本真理子氏原作の「広島の母たち」より堀絢子さんの一人芝居「朝ちゃん」を上演。
舞台は原爆投下の翌朝。15歳の少女・秋子がひとりで焼け跡をさまよっていると、 焼け跡の中から全身が焼けただれた瀕死の朝子を見つけ出す。秋子は、朝子の母を呼んできて朝子と再会させたが、朝子は「水がほしい」と言い続けながら母の手の中で徐々に弱っていく。朝子を早く休ませるために急いで家に向かう3人。そして、そんな朝子の家族を見て、秋子は自分の境遇について思いを巡らせる。
-秋子、朝子、朝子の母と兄、語りの部分と、堀さんは一人5役をみごとに演じ分けます。
自分たちがまるでその場にいるかのような錯覚を覚えるほど、原爆の悲惨さが伝わりました。

続く「峠三吉 原爆詩集の序」の朗読では、作者それぞれの心の叫びが聞こえてくるかようでした。


併設された展示会場では「原爆と人間」「第五福竜丸」パネルや、「戦争体験文集&平和募金企画参加者感想文集」から体験文、2015年度ヒロシマ・ナガサキ平和代表団の資料、東友会に贈るひざ掛け、地雷のレプリカ、とーと会ブルーヘブンによる資料などを展示し、来場者が熱心に見入っていました。

戦争や平和についての絵本やモールのストラップ作り、折り鶴コーナーには子どもだけでなく、おとなも立ち寄っていました。

参加者からは
・他人事じゃないんだなと思いました。これからはげんばくのことをわすれないでいきたいです。(小学生)
・私はなんにも知らないんだと思いました。私はとっても幸せだと思いました。(小学生)
・平和というものは、続いていくことに意義があると思います。皆さんの努力をお願いいたします。子ども、孫へと続くことを祈ります。
・このようなつどいに参加することにより、平和への関心が高まると思います。いつまでも平和な世界でありますように。
・兵士・武器は、いらないと思いました。
との声が寄せられました。

平和を伝えていくために、忘れてはいけない現実を、私たち一人ひとりが伝えていくことの大切さを実感した一日となりました。

2016 ピースアクション in TOKYO & ピースパレード に参加

東京から世界へ向けて平和への思いと核兵器廃絶を訴えました。

2016.07.26

語り継ぐ「ヒロシマ・ナガサキ『あの日』から生きて」の朗読

語り継ぐ「ヒロシマ・ナガサキ『あの日』
から生きて」の朗読

%沿道の人たちに核兵器廃絶をアピールしながら行進しました

沿道の人たちに核兵器廃絶をアピール
しながら行進

表参堂から原宿そして神宮通へと隊列は進んだ

表参堂から原宿そして神宮通へと隊列は進んだ

5月16日(月)、「核兵器廃絶と戦争のない平和な世界をめざして」をテーマに、東京から世界へ向けて平和への思いと核兵器廃絶を訴える「ピースアクションin TOKYO & ピースパレード」が開催されました。当日は 生協や東友会など14団体192人の参加があり、東都生協から16人が参加しました。

 オープニングは、地域で音楽活動を行っている東都生協組合員のご夫妻、松林良晴さんの歌、松林潤子さんのピアノ伴奏のピースコンサートがありました。
 語り継ぐ「ヒロシマ・ナガサキ『あの日』から生きて」では、東友会(東京都原爆被害者団体協議会)に寄せられた被爆者の相談事例を朗読で紹介。あの日を辛うじて生き延びた被爆者たちの心身の苦痛は生涯を通じて続き、その苦痛は計り知れないものだったことが語られました。朗読は各生協で分担しました。
 続いて、松井一實広島市長、田上富久長崎市長からのメッセージが、それぞれ代読されました。両市の核廃絶へのさらなる決意と「ピースアクションin TOKYO 」への期待が表明されました。
 「参加団体リレートーク」では、5団体が平和活動の取り組みについて発表し、日頃の活動について理解を深めました。
 最後に「2016ピースアクションin TOKYOアピール」を東京地婦連(特定非営利活動法人東京都地域婦人団体連盟)の山下陽枝さんが朗読し、拍手で採択されました。

 続いて行われた「ピースパレード」では、表参道から原宿を通り神宮通り公園までの道のりを、宣伝カーからの平和アピールの呼びかけとともに歩きました。行進者たちは笑顔で花の種を配りながら沿道の方たちに核兵器廃絶を訴えました。
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