東都生協の方針・考え方

「食料・農業・農村基本計画」に対する考え方と産直運動の方向性

2006年1月11日
東都生協 理事会

 2005年3月に、新たな「食料・農業・農村基本計画」(以下、「新基本計画」とし、2000年3月の「旧基本計画」と区別する)が閣議決定されました。その後、2005年10月には、重要施策である「品目横断的経営安定対策」等について取りまとめた「経営所得安定対策等大綱」を政府・与党が決定しました。
 今後は、2007年度の実施に向けて、戦後農政を大きく転換するこれら一連の政策を農業現場で具体化する動きがつくられていくことになります。しかしながら、果たしてこれらの政策は、日本農業の今以上の衰退を防ぎ、地域農業を持続可能なものに再生できるのでしょうか。そしてまた、国内の食料生産を向上させ、農業・農村のもつ多面的機能の維持・強化につながる政策なのでしょうか。
 安全で安定した食料を確保するために、日本農業の発展と食料自給率の向上をめざす事業と運動を進めてきた私たち東都生協の立場から、今回の農政改革を検証し、「新基本計画」に対する基本的な考えと立場を明確にした上で、今後進める産直の事業と運動の課題を明らかにしていくことが重要です。
 そこで、「新基本計画」に対する問題認識を明確にし、今後進めるべき運動の方向性について、以下のとおり取りまとめます。

1.「新基本計画」の問題点

 「新基本計画」の論理的構成は、次のとおりです。

  1. 『重要品目の関税引き下げ・撤廃と農業財政の抜本縮減』という財界要請
  2. 『合計40万の「担い手」経営を育成し、農業生産の7~8割を集積』するという農業構造の追求
  3. 『関税引き下げと価格・所得支持政策の縮小撤廃によって内外コスト差が生産者受取価格に「顕在化」する代償として、「担い手」に限定した直接支払いを導入する(品目横断的経営安定対策)』という施策
  4. 『2015年に食料自給率を供給熱量で45%、金額ベースで76%達成する』という自給率向上目標の設定

 しかし、果たして本当にそうなるのでしょうか。以下に、主要な論点である、食料自給率、「担い手」の育成、経営安定対策等に関して、問題点を認識します。

(1)食料自給率について

 「新基本計画」では、供給熱量ベース自給率の目標(45%)年度を2010年度から5年先延ばしたうえで、生産額ベースの自給率目標を新たに設定し、現状の70%を2015年度には76%に向上させるとしています。そして、その施策として、経営安定対策や農地の集積による「担い手」育成などで農業構造を改革し、国産農産物の消費拡大、食育や地産地消を推進して、望ましい食料消費を実現していくという構図になっています。

  1. 2010年度に「旧基本計画」でたてた自給率目標達成が困難な理由として、自給率の高い米の消費が減少したこと、自給率の低い畜産物と油脂類が減少しなかったことをあげ、食生活の変化を要因としています。それは、一面で事実であり大きな改善課題ですが、増産政策が欠如している面についてもみておく必要があります。麦、大豆、砂糖は、品目別価格政策により生産増につながっていますが、(3品目で+28.8kcal)、米生産は▲74kcalと大きく減少しており、野菜や飼料作物など大多数の品目で生産量が減少していることに着目しておくことが必要です。(資料1)
  2. 生産額ベースの自給率目標があらたに設定され、「カロリーの低い野菜・果物、飼料自給率の低い畜産の生産活動が反映される」ことになりますが、本当に必要な指標であるかどうかは疑問です。生産額自給率は、為替レートや物価の変動という農業や農政以外の要因に左右され、安定性にかける側面もあります。
    基本的には、主要品目毎の自給率目標(重量ベース)を重視しながら、トータルな自給率としてのカロリーベース自給率を重要な指標としてみることが必要です。
  3. 「食料・農業・農村基本法」(1999年)においては、食料の安定供給は「国内の農業生産の増大を図ることを基本」とすること、食料自給率目標は「向上を図ることを旨として」定めることとされています。したがって、新基本法農政による基本計画では、食料自給率の向上目標の達成に向けて、全ての施策が組まれることが法律によって政府の農業政策に義務づけられていることを押さえておく必要があります。
(2)「担い手」育成について

  「新基本計画」における施策の柱は、これまで全農家を対象にしてきた品目毎の価格政策から、限定した農業生産の「担い手」の経営に対する所得政策に転換したことです。それは、2015年に40万の「担い手」(安定的かつ効率的な農業経営)に生産の7割以上を集積するという農業構造の展望にあります。その「担い手」を育成するために、そこに絞り込んだ「品目横断的経営安定対策」が導入されるという構図です。(ここについては、3.で後述します)
 さて、その対象となる「担い手」の基準については、認定農業者と特定農業団体、一定の要件を満たした集落営農組織とされており、経営規模要件については、特例により地域実態に配慮され緩和されています。(資料2)

  1. 規模要件などの当面の緩和策はとられているものの、基本的には農家の選別政策であり、大多数の農家の切り捨て政策であることに変わりありません。地産地消や産直で頑張っている農家のほとんどは排除されることになります。地域農業と農村は、兼業農家や家族経営、高齢者や女性を含めた多様な担い手の共同によってなりたっていることをしっかりと見ておくことが必要です。
  2. 今の農業生産を支えている実態を見るならば(※1参照)、想定している認定農家を中心とした規模拡大がうまくいくとは思えません。

    《※1》資料によると、2010年の「担い手」への集積見込み面積282万ヘクタールに対して2003年末のそれを221万ヘクタール、未達61万ヘクタールとしている。利用集積面積の伸び率が低下しており、直近では年3万ヘクタール増だから、このペースでは目標まで20年かかる。同様に、認定農業者は2004年末で18.7万戸。直近の増加率は年間5000戸である考えると、目標の40万戸には40年かかることになる。
(3)経営所得安定対策について

  一つは「諸外国との生産条件格差是正対策」です。これは、関税の引き下げ・撤廃により露呈する海外と国内の価格差を補填する政策です。麦、大豆等を対象に(米は除外)、現在の品目・数量毎の交付金を品目横断的に「担い手」農家単位に組み替えるものです。(品目・数量毎の交付金はWTO農業協定で削減対象)
 もう一つは、価格や収量の変動による収入変動を緩和する対策です。これは、既に米や大豆について行われている対策を「担い手」農家単位にまとめるものです。(資料3,4,5)

  1. 現行政策では全農家に交付されていたものを、「担い手」に限定する点が大きな特徴であり、その支援水準については、現行と大差ないものです。(資料6)これは、農林予算等の削減を背景に、支払い対象を「担い手」に絞り込むという現行政策の組み替えに過ぎません。これでは、関税の低減・撤廃が加速化され、輸入が増加する中で格差是正につながるかどうかは疑問です。当然、「担い手」にならなければ助成は受けられませんから、麦や大豆の生産量が大きく落ち込むことが危惧されます。
  2. 経営所得安定対策は、政府が農産物価格を通じて農家に所得を付与する価格政策をやめて、農家に直接所得を支払うという「直接支払い政策」であり、WTOにおける国際規律の強化に対応するものとして打ち出されています。しかし、「各年の生産量・品質に基づく支払い」や「過去面積に規模の拡大・縮小を加味する」という支払い条件は、「生産を刺激する」ことにつながる政策であり、国際規律に従ったものかどうかについては疑問が残ります。
  3. 米については、(1)産地づくり対策の継続、(2)担い手以外の米の生産者に対する米価下落の影響緩和対策、(3)集荷円滑化対策の継続が示されました。しかし、年間70~80万トンも義務的に搬入されるMA(ミニマムアクセス)米が、米過剰の大きな要因をつくり、農家が米づくりを続けられるかどうか、先行きはきわめて不透明です。既に、農業者、農業団体が主体的に需給調整をすることが決められており、政府が責任を負わないこの生産調整がうまくいかなければ価格の下落も予想されます。その上、関税の低減による輸入増となれば、日本の稲作はひとたまりもありません。
(4)農地制度について

 財界要望の強かった株式会社の農地取得については実現しなかったものの、「構造改革特区」手法による株式会社の農地経営が実現され、農業生産法人の一形態を通じて農地取得(所有、賃借)が可能になりました。 

  1. 耕作放棄地の増大は深刻であり、何らかの形で耕作され、農産物が生産されることが望ましい姿です。しかし、株式会社が所有する必然性はないと考えます。本当に農業をやる気があるならば、農地を借りてやればよいと考えます。
  2. 新規就農希望者においても、真に就農を望むならばいろいろな条件はあるのでそれらの活用を第一義に考えるべきである。
(5)資源・環境保全対策について

 農地・水・環境保全向上対策は、経営安定対策と車の両輪をなすものと位置づけられ、(1)農地、農業用水等の保全向上に関する地域ぐるみでの効率の高い共同活動、(2)農業者ぐるみでの環境保全に向けた先進的な営農活動、(3)さらに活動の質をステップアップさせる取り組みに対して一定の助成を行うことが示されました。(2007年度からの導入)

  1. いわゆる「環境支払い」は必要な策であり、担い手の絞り込みに対する隠れ蓑という位置づけにならないようにさせていくことが重要であり、ここには生協産直の実践を活かす分野があると考えます。

2.東都生協はどのような考え方に立ち、何をしていくべきか

以上のように、「新基本計画」についての主要な論点とその問題点をみてきましたが、少なくともこの政策が、農業者の高齢化、耕作放棄地の増加、農家戸数の減少と収入の低下という日本農業の現状に歯止めをかけ、農家の生産意欲を高め、食料自給率を向上させていく決定打になるとは考えられません。それどころか、今後のWTO農業交渉次第では、日本農業の存亡の危機をさらに押し進めることにつながりかねません。現に、農業現場からは、「担い手の選別政策」に対して、困惑と悲鳴の声が聞かれます。
 私たち東都生協は、産直を事業と運動の基軸においた基本理念と基本方針の上に立ち、これまでの生産者とともに築き上げてきた産直の実践と蓄積をとおして、この局面を打開していく運動をつくりあげていくことが急務です。安全で安心できる国内農畜産物を将来にわたって食べ続けたいと願う多くの組合員・消費者の仲間の輪を広げ、地域で頑張る農業者との関係を強め、必要な意見や課題を社会的に発信し、食卓の中に国産農産物が息づくくらしを創造していくことが求められます。
以下に、東都生協の考え方と今後の運動の方向性を確認します。

  1. 「新基本計画」での「担い手」に絞った経営所得安定政策については、WTO体制のもとで進められる関税の低減・撤廃の中での一時しのぎ的手法に過ぎず、多くの農業者の切り捨てにつながるものであり、食料自給率向上にはつながらないと考えます。
  2. 政策の目的の一つはWTOへの整合性にありますが、そもそもの問題はWTOが農業の多様性を認めないことにあります。日本のように自給率が低く、国内農産物の増産が必要な国が、生産量や現在面積に関連した価格政策等をとるのは当然のことです。
    WTO農業交渉における日本の考えは「多様な農業の共存」です。自国の食料生産をしっかりと確保することに他なりません。この考えに従ってWTO協定を見直していくことを訴えるべきです。
  3. 農家の高齢化が進み、耕作放棄地が増えていることも現実であり、農地の集積や集落営農づくりも含めて、広く農業生産を担う多様な担い手の育成は着実に進められる必要があります。今回認められた「担い手」基準の特例措置や「環境支払い」などの施策も有効に利用しながら、それぞれの地域レベルで多くの農業者が担い手として生産意欲をもてるように、消費者組織としてできることを生産者団体と共に考え行動していきます。環境保全型農業の推進における国民的理解の形成や新規就農制度を含めた農業生産への関与なども積極的に進めていきます。
  4. 学習を含めた広報活動とともに、国産農畜産物の大切さを消費の側面から支える基盤を広げていく運動が必要です。産直産地との提携強化と食育推進政策にもとづくプログラムの実践をつうじて、食べることと農業の大切さを理解し、国産農畜産物の消費を広めていきます。
    また、思いを同じくする市民や他団体等とも手を結びながら、大いに社会への発信と運動をつくりあげていきます。

以上