6生協合同で改正食料・農業・農村基本法に関する学習会を開催
―「食料・農業・農村基本計画」に消費者・生産者の声を反映させるために―

講師の東京大学大学院教授・安藤光義氏
2024年10月11日、国内で活動する6生協合同で「食料・農業・農村基本法改正に伴う学習会―農業を守るために、消費者・生産者の声を反映させましょう!」をオンライン開催しました。東京大学大学院教授の安藤光義氏が講演し、生産と消費の現場からも改正法の問題点が提起されました。
「農業政策の憲法」ともいわれる食料・農業・農村基本法は本年5月、制定以来25年ぶりに改正されました。同法に基づき2024年度内に中長期的な指針となる食料・農業・農村基本計画が策定される見通しです。学習会は生協6団体、パルシステム生活協同組合連合会、生活クラブ事業連合生活協同組合連合会、生活協同組合連合会コープ自然派事業連合、生活協同組合連合会アイチョイス、グリーンコープ生活協同組合連合会、東都生協が合同で開催し、消費者や生産者、取引先、関係者など530人が参加しました。
冒頭、6生協を代表してあいさつした東都生協・風間理事長は「6生協は長年にわたり消費者と生産者を結び、安全で持続可能な食と農を推進してきた。法改正に際しても全国の消費者・生産者の声を集め国に提言してきた。食料自給率向上や環境保全型農業の推進、適正な価格形成、食の安全強化など改正法の課題を整理し、基本計画へ私たちの提言を反映させていくために開催した」と学習会までの経緯に触れ「深刻さを増す食料・農業問題の解決に向けて、6生協が共に輪を広げて進んでいきたい」と述べました。
講演では「『食料・農業・農村基本法』と今後の課題―見直しの経過にみる問題点と今後の政策の方向性―」をテーマに東京大学大学院教授・安藤光義氏が解説しました。
"喉元過ぎれば熱さを忘れる"農業政策
安藤氏は初めに1972年の世界的な異常気象に端を発する食料危機や第1次石油危機、狂乱物価など背景とした農業政策の変遷を説明。「食料・エネルギーが安全保障上の課題となり国内外で食料問題への関心が高まり、有機農業や地域社会農業への動きも起きたが、日本が経済競争力を回復していく中で"喉元過ぎれば熱さを忘れ"、政府は農業を切り捨て、農産物輸入自由化などによる物価安定を選んだ」として「現在も当時と似た状況にあり、食料安全保障への機運はたちまち、ほごにされかねない」と指摘しました。
官邸主導で進められた基本法見直し
今回の基本法見直しの経過については「基本法検証部会が立ち上がる2022年9月までに重要項目が確定していた」と官邸主導で見直しが進められたことを明らかにし「すでに敷かれたレール上を進んでいるだけ」「生産者を支える直接支払制度など新機軸もなく、期待感はない」と評価しました。主要政策として打ち出す「スマート農業」「輸出促進」「持続可能な食料システム」「適正な価格形成」「社会的弱者への対応」などは、改正前から方向性が決まっており、関連する法整備も終了。ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用した「スマート農業」は予算も確保され、すでに事業が進められています。
改正基本法の4つの問題点
基本法検証部会と改正基本法の問題点として①今回のキーワードは食料安全保障だが、基本理念には核となる哲学がなく、既存の政策を束ねただけ ②食料安全保障につながらない別格の官邸案件「輸出促進」を盛り込んだため、食料政策分野がいびつに突出 ③有機農業が農業政策ではなく環境政策に区分された ④多面的機能の発揮と農村振興をつなぐ政策が不十分―の4点を指摘しました。
「再生産できる価格」ではなく「合理的な価格」に
今回の法改正のポイントとなった「生産・流通コストを反映した価格形成」については「"食料システムのための合理的な価格"となってしまい"生産者が再生産できる価格"ではない点が問題だ」としました。また「非正規雇用者が約4割を占め、低所得者が増える中で価格転嫁の方法を誤ると国民の理解は得られない」「フードバンク活動支援という対症療法では根本的な解決にならない」「米国のフードスタンプのような低所得者向け支援制度は検討もされていない」とし「低迷する農産物価格への代償として、食料安全保障のために直接支払いを行うのが筋だ」と唱えました。
食料安全保障に貢献できない加工食品を「輸出促進」?
「食料安全保障」のための具体策として示された「輸出促進」については、その内訳がアルコール飲料や調味料、菓子、栄養補助食品といった加工食品によって占められていることを示し「これらは緊急時に国民に直接貢献できる品目ではない」と指摘。「コメの輸出なら生産基盤の維持につながるかもしれないが、対米従属の下で今の政府に輸出補助金を付けてでも米国と競合してコメを輸出する勇気があるのか」と疑問を呈しました。
農業生産基盤強化のための直接支払いは用意されず
農業政策の主役になると思われた有機農業や環境保全型農業は、農業政策ではなく環境政策に位置付けられました。安藤氏は「直接支払いが、農業生産支持や食料安全保障のためではなく、環境便益の増進のための制度になった」と話します。
「生産性の高い農業=スマート農業」としたことについては「(みどりの食料システム戦略が2050年までに目指す)『有機農業100万ha』は目指さないと宣言したに等しい」「農業の見直しを通じた、社会の抜本的な転換への芽が摘み取られた」と評価。政策対象をフードチェーン(食品の流れ)や生態系サービス(生物多様性の恵み)、そのための技術にするのではなく、農業生産者を向いた政策とすべきだ」として環境保全型農業に対する直接支払いの拡充を訴えました。
「上からの技術革新」ではなく「生産現場からのボトムアップ」を
以上を踏まえ、安藤氏は改正法の狙いを「上からの技術革新」と表現。新たに加わった基本理念「環境と調和の取れた食料システム」が食料安全保障や農業の持続的発展、多面的機能の発揮など他の基本理念を規制し、その中心に食品産業が構える構図です。農業者を資本に包摂し、農業の食品産業化を進めた具体的な姿が官邸案件の「輸出促進」「輸出産地の形成」だとしました。
一方、改正法に「農業の自然循環機能の維持・増進」「地域社会の維持」が盛り込まれたことにも言及。これを手掛かりに生産現場からの対抗軸を形成し、偏った政策体系の再配分を図ることを提言しました。
その具体例として、集落営農による地域社会の維持や自然循環機能を生かした農法の根本的な刷新など、生産現場から政策を積み上げて農村の総合的な将来像を示していくことの重要性を強調。
「有機農業などへの転換を支援するための直接支払制度を充実させ、こうした動きを学教給食などで地域が支え、再生可能エネルギーを含めた循環型の地域経済を構築してこそ、5つの基本理念がまとまって機能できる」「今の食料危機にあって、これ以上円安が進み、中東にその95%を依存する原油価格が上昇すれば日本は本当に"沈没"しかねない。次世代のためにも農業と再生可能エネルギーが切実な課題だ」と締めくくりました。
生産と消費の現場からの報告と要請
続いて稲作、酪農、畜産、有機農業に携わる生産者、消費者の立場からそれぞれ問題提起がありました。
<米生産者> 那須野農業協同組合・どてはら会(栃木県) 前会長 山口 勉氏
「以前は地域で共同する集落営農が盛んだったが、今はどの品目でも生産原価を割る状況。農業の魅力が無くなり、高齢化する中で後継者も育たず離農が進んでいる。今年の米の高騰では、農協にも米が集まらず困惑している。これまで生産調整を進めて多品目複合経営に切り替えてきたのに、再び米が過剰生産にならないか心配だ。今回の米不足は、中国の1年半に比べて日本の1.5カ月分という政府米の備蓄水準、備蓄があるのに放出しないことなど、政府の責任が大きい。生産現場の窮状や生産を担う私たちの思いが政治に届かないと感じている」
<酪農生産者> 千葉北部酪農農業協同組合(千葉県) 代表理事組合長 髙橋 憲二氏
「農業従事者の主力は65歳以上と高齢化が進み、地元も今後5年で急減する見込み。酪農生産者はこの2~3年で所得がマイナスとなり、85%が赤字経営とされる。"2014年バター不足"を受け、政府が主導する畜産クラスター事業で巨額の設備投資により規模拡大が進んだが、規模が大きいほど赤字幅も大きい。直接所得補償には希望を持てず、適正な価格形成が最重要課題。新規就農については、国から交付される年間150万円では経営が成り立たず、途中で断念するケースも生じている。消費者に支持される商品作りはもとより、気候変動に対応した設備投資、輸入飼料に依存しない自給飼料の生産など持続可能な畜産を確立していきたい」
<畜産生産者> 合名会社宮北牧場(北海道) 代表取締役 宮北 輝(みやきた てる)氏
「60年前から海外品種のアンガス牛を導入し、2007年から輸入穀物の配合飼料を使用せず、地域の国産飼料で肉牛生産に取り組んできた。一般的な肉牛生産の9割は輸入飼料だが、2008年「リーマン・ショック」で投機資金が穀物市場に流入し輸入飼料が高騰、価格の不安定化が進んだ。海外品種のため公的支援が受けられない中、パルシステム生協組合員に支持され、安全・安心で環境にも配慮した生産活動を進めてきた。海外品種の肉牛生産には補助が無く、黒毛和種に偏った政策・補助金制度は見直しが必要。水田転作に偏らず一般畑での自給飼料生産も支援すべき。耕種農家などと連携して、地域で多面的機能を発揮する国産飼料を肉牛生産に活用して自給率向上につなげる事例を示し、うねりを作っていきたい」
<有機農業生産者> のらくら農場(長野県) 萩原 紀行氏
「新規就農者が結集し、土づくりを行い有機JASに準じた生産方法で年間50~60品目を栽培している。農業に限らず労働人口激減への対処は喫緊の課題。地元でもリーダー格や若手の廃業、人材流出などで10年以内に農家の6割が消滅すると見ている。気候変動や資材高騰で経営は厳しいが、価格転嫁できない社会構造になっている。農道・防獣柵整備などの行政の支援も現場に寄り添うものとなっていない。6次産業化に向けた会合出席や、直接支払制度(中山間地域等・環境保全型農業)の交付額の割に煩雑な手続きなどで、農業の時間が奪われている。福祉のセーフティーネットを整えた上で、生産者が価格転嫁できるようにしてほしい」
<消費者> グリーンコープ生活協同組合おおいた 理事長 薬師寺 ひろみ氏
「コロナ禍や戦争、温暖化による災害多発など、輸入に頼る食料・資材・エネルギーの高騰や国際物流の混乱が生産者と消費者の暮らしに大きな影響を与えている。グリーンコープ生協連合会では、生産者と連帯・共生する新しい産直を通じて、安心・安全な食べ物を守り、地域を再生する運動を進めている。循環型酪農や生産への参画、規格外青果・未利用魚の活用など、力の限り生産者を応援している。生命線としてかけがえのない一次産業を、政府としても支援する仕組みを作ってほしい」
閉会に当たり、パルシステム生活協同組合連合会理事長・大信政一氏は今回の学習会について「基本法の課題を整理し、知見を深めることができた」と振り返った上で「安藤先生のお話からは、基本理念、食料政策、有機農業政策、農村政策での4つの問題点が示され"上からの技術革新の推進"ではなく"農村の現場からの対抗軸の形成"を目指し、偏った政策体系の再配分を図る道筋として、直接支払いの実施、水田維持への支援、食料増産への予算確保、消費者との交流・相互理解の推進、集落営農支援など政策の方向性が示された」との受け止めを語り「6生協の提言とも重なる部分も大きい。生産者と消費者からの声も踏まえて、今後示される基本計画案に対する意見集約など、準備を進めていきたい」とまとめました。

講師の安藤先生、生産者の皆さまと主催生協の代表