子ども平和新聞プロジェクト~ 2025年10月5日「核兵器廃絶新聞」を発行しました~

2025.12.01

日本生協連の「子ども平和新聞プロジェクト」に、全国19の生協と共に参加しました。次世代を担う子どもたちに、新聞づくりを通して被爆の実相を次世代に継承することを目的としたほか、新聞記者からジャーナリズムの視点を学び、これまでとは違う「見方」や「考え方」などを得る機会としました。

当生協では、朝日新聞社白銀泰様の協力のもと、小学4・5年生5人の子ども記者が参加し、3回のワークショップと子ども平和新聞の発表会を実施しました。ワークショップでは、新聞の構成や取材の仕方、記事の書き方を学びました。特に第2回ワークショップでは、7月12日に開催した「第21回東都生協平和のつどい」で被爆者の方を取材し直接お話を伺いました。

子どもたちは、新聞記者からインタビューのポイントや新聞記事として必要な要素が何なのか、といったワークショップでの学習と実践で、どうすれば伝えられるか、伝わるかを考え、原稿を作成しました。

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10月5日には子ども平和新聞発表会と題し、「核兵器廃絶新聞」の発行を発表しました。

発表にあたって、子ども記者たちは司会からの問いかけに答えました。

―――応募のきっかけは何ですか?

祖父母は新潟県長岡市に住んでいて、毎年長岡大花火大会を見に行きます。長岡大花火大会を調べ、空襲で命を落とした犠牲者のための花火だと知りました。今までより戦争のことを身近に感じて調べたいと思い応募しました。

―――新聞について教えてください。

「核兵器廃絶新聞」という名前はみんなで考えました。世界中で起こっている戦争・紛争が早く世界からなくなるようにという思いをこめて新聞名を決めました。

挿絵は世界中の子どもたちが笑顔で暮らせるように、そして平和に向かって折鶴が飛び立つイメージで書きました。

―――新聞を書く上で工夫したことはありますか?

新聞の原稿を書くために、他のところから出された新聞を参考にしました。みんなに伝わりやすい文章を書くように意識しました。

―――被爆者に取材をした前と後で気持ちの変化はありますか?

前は「自分たちは戦争をしないようにしよう」という思いでしたが、今は戦争をやっている人たちの辛さを考えるようになりました。

最初は何も知りませんでした。お話を聞いた後に、本や資料館などで学んで、核兵器の怖さや平和の大切さを知りました。今国語で「たずねびと」という物語を読んでいます。主人公と同じのように、広島に行ったことを授業で話しました。

原爆についてはすごかったんだろうなという意識しかありませんでした。いざ、被爆者のお話し聞くと、自分の想像していたものよりもっとすさまじいものだったので驚きました。

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子どもたちが心を込めて作った「核兵器廃絶新聞」を、一人でも多くの方に読んでいただけるよう、「平和募金企画」や地域委員会主催企画等で希望者に配布する予定です。ぜひ手に取ってご覧ください。

核兵器廃絶新聞
核兵器廃絶新聞
制作した新聞を持って。参加の子どもたちと講師の白銀さん
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