

八千代牛乳


1967年、「安全・安心な牛乳」を求めていた世田谷の母親たちと八千代牛乳が出会い、「天然牛乳を安く飲む会」が生まれました。
当時の日本は、高度経済成長の歪みがいろいろなところに現れ、四大公害病や食品公害など、消費者を取り巻く食とくらしの環境はたいへん厳しい状況でした。そのようななか「天然牛乳を安く飲む会」は、牛乳だけでなく野菜や卵、豚肉など安心して食べられるものを共同購入する活動もおこなっていました。やがてその活動のなかから「産直を専門におこなう生協をつくろう」という声が沸き起こりました。そして1973年6月、423人の組合員で東都生協が誕生。
ここから東都生協は、それまで共同購入で扱っていた商品に加え、組合員の声に応えて取扱品目を増やし、産直原料を使用した加工品の開発や平和・福祉・環境の活動など、その取り組みを広げていきました。

当時の牛乳配達

搾りたての生乳を静かに置いておくと、乳脂肪中の脂肪球が上部に浮いてクリーム層が分離します。この脂肪球が分離しないよう、圧力をかけて均質化することをホモジナイズ(均質化)と言います。八千代牛乳をはじめ、一般の牛乳はこの処理をしています。「ノンホモ」はこの均質化処理をおこなわず、より搾りたてに近い状態の牛乳です。
千葉北部酪農農協との出会いは今から9年前になります。自分で自信を持って生産した牛乳が、どんな方たちに飲まれているかがわかる、そんな生産者と消費者の顔が見える牛乳が魅力でした。
私の牧場で産地訪問を積極的に受け入れているのは、組合員さんと直接会話をして納得して八千代牛乳を飲んでもらいたい、という思いがあるからです。
今は、娘夫婦が継いで、一緒に酪農をしています。私の牧場では、より衛生的な環境で孫の代まで酪農ができるように、最新の設備を備えたれんがづくりの北欧風牛舎に改築しました。



しかし、昨今の飼料価格高騰を受け酪農を経営していくことが厳しさを増しています。東都生協さんでも5月より牛乳の値上げにご協力をいただきましたが、飼料価格はその乳価をはるかに超える高騰を続けています。
こうした酪農情勢を背景に酪農家たちは年々減少。また、消費者側では牛乳離れが加速し、残念ながら東都生協さんでも牛乳の消費量が年々減ってきています。
牛乳生産量は減産傾向で、近い将来、飲用牛乳にも影響することが懸念されています。千葉北部酪農農協では、こうした事態を防ぐため、全生産者が一丸となって牛乳の安定生産に努めています。牛が牛乳を出すためには、早くても2年の月日がかかります。急に牛乳がないからもっと搾ってほしいと言われてもできません。
私たちが、国内でいきいきと農業・酪農ができる環境を取り戻せることを切に願います。八千代牛乳を飲むところからはじまった東都生協さんで牛乳消費が伸びるよう、我々生産者側でも各方面で協力し、これからも良質でおいしい牛乳生産に取り組んでいきます。






