2016ピースアクションinヒロシマ報告
71年前のきのこ雲の下での出来事や高齢化が進む被爆者の想いを学びました
2016.08.25
カテゴリ 平和
平和記念公園「原爆の子の像」 |
碑めぐりの様子 |
東都生協から参加した組合員・職員 |
1日目は広島到着後、元中国新聞社の記者で入市被爆をした浅野温生(あさの よしお)さんの講演をお聴きしました。浅野さんは原爆投下翌日に広島市内中心部に入りました。その際、市内の惨状を目撃しました。入市被爆者でもある浅野さんはご自身の体験と新聞記者として多くの被爆者を取材し得た、その苦悩について話されました。
2日目は、被爆の実相を伝える碑巡り。平和記念公園内の主な遺構や慰霊碑などをボランティアガイドの方の説明を聞きながら見学しました。
午後は日本生協連主催の「虹のひろば」に参加。全国から61生協1,200人の組合員とその家族、役職員が集まりました。
広島の松井市長のあいさつでは「核兵器も戦争もない平和な世界の実現のために、一緒に考え、行動しよう」との話がありました。
3日目は広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参加。黙祷を捧げ、組合員が平和の願いを込めて折った千羽鶴を、平和記念公園内の「原爆の子の像」に手向けました。
参加者からは、「広島の現地に来て原爆の遺構や慰霊碑を見学して、原爆の恐ろしさを実感しました」「『平和の維持』は絶対に必要だと思いました」などの感想がありました。
最後に被爆者の方が語る証言の一部をご紹介します。
- 爆弾を落とした相手に対して憎しみが残っているとなかなか証言はできない。未来の皆さんに伝えたいことは-「あんな思いもうたくさん」-ただこれだけ。
- むごたらしい亡骸が散乱するなか必死で逃げました。あちこちから助けを求められましたが、見殺しにしました。水もあげませんでした。助けられなかった後悔が、ずっと抜けないとげのように心に刺さったままです。
- いまでも腕を高く上げるとやけどの跡が引きつって出血してしまう。がんの手術の傷跡だらけの身体です。
- 私たちが求めるのは核廃絶です。根気強くNPT再検討会議に働き掛けます。